『自死で大切な人を失ったあなたへのナラティヴ・ワークブック』について


はじめに

 自死によってかけがえのない人を失うという経験は、遺された人に様々な影響を及ぼします。その一方で、死別という危機において人はただ無力に打ちひしがれるだけではありません。遺された人はそのグリーフのプロセスを通じて、その人らしいやり方で故人の死を意味づけようとします(グリーフとは、死別後に経験する様々な感情や思いから、一変した世界の学びなおし、意味の再構成までを含むものです)。


 同時に、身近な人を自死で亡くすことはトラウマ的な経験となって、遺された人の心や身体に様々な影響を及ぼします。さらに社会的な偏見の影響もあり、グリーフのプロセスを十分に経験することが難しい状況があります。それはグリーフワーク、つまりグリーフに能動的に関わることにおいて必要不可欠な、自分の経験を語りなおしたり、故人や自分の悲しみについて周囲の人とコミュニケーションを行うことが、社会的偏見によって阻害されてしまうからです。

 ここでご紹介する『自死で大切な人を失ったあなたへのナラティヴ・ワークブック』は、自死・自殺(本書での自死、自殺の用語の区別については同書「ワークブック使用のためのQ&A」をご覧ください。)を取り巻くこうした社会的状況やグリーフの特徴を踏まえ、大切な方を自死で失った人が、その人らしいやり方でグリーフを経験できるように、もっといえば自分自身の人生を調節できる感覚を発達させられる足場となることを目的とした、実践的なワークブックです。

本書は次のような立場から作成されています。

  1. 遺された人々は、その人自身のやり方で、その人がこれまで作り上げてきた人生観や世界観を再構成しようとします。
  2. 遺された人は、自らの経験を語りなおすことで、また他の人々とのコミュニケーションを通じて、意味を再構成しようとします。
  3. 遺された人は、死別後に様々なグリーフを経験します。大切なのは、遺された人がそれぞれのやり方でこれを十分に経験することです。


 なお本書の表題にもある「ナラティヴ」とは物語やストーリーなどの言葉で言い表されるものです。自分の経験を語りなおすことによって、遺された人がその人らしいやり方でグリーフに取り組むことができるというのが本書の基本的なスタンスなのです。

本書は以下のような特徴を備えています。

  1. 遺された人が、個人のペースでワークに取り組むことができます。どの時期が良いというものはなく、あなたが取り組みたいときに、取り組んでいただくことが大切です。
  2. 遺された人が、それぞれの立場(たとえば親、子ども、配偶者、友人、恋人など)から、取り組むことができます。
  3. 各章のワークでは、自分の経験を言葉や絵、図で表現することや、誰かに話を聞いたり、何らかの活動を行ったりするものが準備されています。
  4. ワークを通じて、自分の経験を振り返ったり、普段なかなか口にできない気持ちを吐き出したり、故人の思い出を周りの人と共有することで、グリーフのプロセスが促進されます。
  5. 自分ひとりで取り組めるものと、誰かと一緒になって、あるいは誰かの助けを受けて取り組めるものの両方が盛り込まれています。
  6. 何度も繰り返してワークに取り組むことで、死別後に生き抜いてきた自分の歴史を確認することができます。
  7. 自分の体験について語りなおすことで、自分の腑に落ちるストーリーを見出すことができます。
  8. 感情的な側面だけではなく、死別の経験に対する思い(認知)や実際の行動を通じて、グリーフの様々な側面について体験的に関わることができます。
  9. 喪失経験について学びなおすワークだけでなく、現実生活の中でどのように生き抜いていくのかを考えるワークが盛り込まれています。
  10. 実践的なワークブックに加えて、ワークの理論的な背景や、学術的な研究知見についての解説も盛り込まれています。

配布版(インターネット公開版)ご使用にあたっての注意事項

 実際にワークの内容を見てみたい、まずは試してみたいというリクエストを多数いただきました。これを受けて出版社の塩浦さん(新曜社)ともご相談し、ワークのうちいくつかをインターネット上で公開することにしました。使用上の留意点として、まず「序章 グリーフという旅に出る前に」の「準備運動」に取り組んでいただいた上で他のワークに取り組んでください


 なお公開されているワークは下の目次のリンクからアクセスできます。PDFファイルをダウンロードいただき、印刷した上で使用されることをおすすめします。なお公開にあたって、ワークの内容やレイアウトも多少変更してあります。教育研究等において本書のワークを使用される場合や、引用される場合は必ず書籍をご確認ください。


 ワークブック本体の構成や使い方などについては、こちらをご覧ください。また本書の、冒頭からの数ページは、新曜社のサイトでも立ち読みできます。

目次


第1部 ワークブック編

序章 グリーフという旅に出る前に(準備運動

1) 私のプロフィール、安全な場所の確認

2) マップの確認―木のイメージ

 

一章 なんとかやっている自分を称える―世界の学びなおし(1)

1) 苦痛耐性スキル―苦手な人や場所、時への対処方略

2) スマイルリスト

 

二章 喪失を外在化する―自己の学びなおし(1)

1) グリーフマップ

2) 喪失のスケッチ

3) 喪失の影響地図づくり―今を見つめて、これからの未来をつくる

 

三章 儀式―故人との関係の学びなおし(1)

1) 儀式を企画する

2) 故人の生きた歴史を探訪する

 

四章 故人との関係性を紡ぎなおす―故人との関係の学びなおし(2)

1) 故人のプロフィール

2) 亡くなった、大切な人に手紙を書く

3) 故人との関係イメージを絵に描く

4) 故人の伝記をつくる―周囲とともにつくる故人の物語

 

五章 新たなストーリーを生きるためのコミュニティを創造する―世界の学びなおし(2)

1) 私を支えるチームメンバーシップの確認—あなたを応援する人々を確認しよう!

2) 自助・支援グループに参加してみる

3) 社会に働きかける仕事に取り組む

 

六章 自分の人生を語りなおす――自己の学びなおし(2)

1) 私の喪失物語

2) ライフライン

3) 自伝の作成

 

終章 旅の途上で

1)旅の途上で―写真で締めくくる、ひとまずの旅の終わり

2)次の旅に向けて


第2部 解説編

1) グリーフとは何か

a. 本書におけるグリーフの意味づけ

b. グリーフのプロセスは段階か、局面か、課題か、それとも学びなおしか

c.  グリーフ・プロセスについて

d.  死別後に起こりうる心理的・身体的反応について(配布版

2) 本書の理論的・学術的背景について

3) 本書の構成について

4) 本書の読者は誰か

5) ワークについての解説


ワークブック使用のためのQ&A

あとがき

引用文献